認知症の家族を介護する中で、突然の「妄想」にどう対応すれば良いか戸惑う方は少なくありません。「財布を盗られた」と責められたり、自宅にいるのに「家に帰る」と言って聞かなかったり、その言動に心がすり減ってしまうこともあるでしょう。
本記事では、認知症による妄想がなぜ起こるのか、その原因と主な種類を解説します。また、思い込みが激しい家族に対してどのように接すれば良いのか、具体的な対処法もご紹介します。
妄想は認知症の代表的な症状の一つ

妄想は、認知症の「行動・心理症状(BPSD)」と呼ばれる症状の一つです。
これは記憶障害や見当識障害、理解力の低下といった中核症状に、本人の性格や環境、人間関係などが複雑に影響して現れる症状を指します。そのため妄想の現れ方は人それぞれで、全ての認知症の方に必ず見られるわけではありません。しかし、アルツハイマー型認知症を中心に多くのケースで報告されており、決して珍しい症状ではありません。
なお、妄想はあくまでも認知症の症状によるものであり、本人が意地悪で言っているわけではないことは忘れないようにしましょう。妄想は、認知症の方本人にとっては現実であり、その背景には不安や恐怖、孤独感などが隠されています。まずは「認知症の代表的な症状なのだ」と受け止めることが、適切な対処を考えるための第一歩です。
認知症で妄想が起こる原因

認知症で妄想が起こる主な原因には、脳の機能が低下することによる記憶障害・見当識障害が挙げられます。
たとえば、自分でしまった物の場所を忘れてしまうと、「誰かに盗られたのではないか」という考えに結びつきやすくなります。自分が今どこにいるのか、なぜここにいるのかが分からなくなると、強い不安から「家に帰らなければ」という思い込みにつながることもあります。聴力の低下によって人の話し声が聞き取りにくくなったことが原因で、「自分の悪口を言っているのではないか」という被害妄想につながるケースも少なくありません。
このように認知機能の低下を原因として、そこに本人が元々持っている性格・孤独感・不安感といった心理状態、そして周囲の環境や人間関係といった要因が複雑に絡み合うことで、妄想という症状が引き起こされるのです。
認知症による妄想の主な種類と対処法

認知症に伴う妄想にはいくつかの典型的な種類があります。それぞれの特徴と、周囲の家族がどのように対応すれば良いのかを具体的にご紹介します。
- 物盗られ妄想
- 見捨てられ妄想
- 被害妄想
- 迫害妄想
- 嫉妬妄想
- 帰宅願望
- 幻視・幻聴による妄想
一つひとつ順番に解説していきます。
物盗られ妄想
「財布を盗んだのはあなただろう」「通帳を隠した」など、身近な人が自分の大切な物を盗んだと思い込むのが、物盗られ妄想です。これは物を置いた場所を忘れてしまった記憶障害が主な原因で起こります。最も身近で頼りにしている家族が疑われやすいため、介護者にとっては非常につらい症状です。
物盗られ妄想への対処法としては、まずは本人の訴えを頭ごなしに否定しないことが重要です。「そんなことはない」「あなたの勘違いだ」と否定すると、本人はさらに不安になり、興奮してしまう可能性があるからです。「大切な物がなくなって大変ですね」と気持ちに寄り添い、「一緒に探しましょう」と声をかけることで、本人の不安を和らげると良いでしょう。
一緒に探す中で家族の方が先に見つけた場合には、わかりやすい場所に移動させて、本人が自分で発見できるよう促してあげてください。
見捨てられ妄想
「家族が自分を邪魔者扱いしている」「施設に捨てられるのではないか」といった不安から生じるのが見捨てられ妄想です。
認知機能の低下によって自身でもうまくできないことが増え、些細な出来事をネガティブに捉えてしまったり、孤独感を感じやすくなったりすることが原因です。特に介護者が疲れた表情を見せたり、ため息をついたりすると、それを自分への否定的なサインだと誤解してしまうことがあります。
見捨てられ妄想に対しては、「私たちはあなたの味方ですよ」「ずっと一緒にいますよ」といった安心させる言葉をかけることが大切です。手を握ったり背中をさすったりといった身体的な接触も、安心感を与えるのに効果的です。日々のコミュニケーションの機会を増やしたり、簡単な家事を積極的にお願いしたりする工夫も有効です。
被害妄想
「近所の人に悪口を言われている」「食事に毒を盛られている」など、他者から危害を加えられていると思い込むのが被害妄想です。これも周囲の状況を正しく認識できなくなることや、不安感が根底にあります。たとえば、隣人の話し声が聞こえただけで、「自分の悪口を言っている」と結びつけてしまうのです。
被害妄想への対処法としては、まずは本人の不安な気持ちを受け止めることが第一です。「悪口を言われるなんて、嫌な気持ちになりますね」と共感を示し、その上で「何か勘違いかもしれませんよ」とさりげなく伝えたり、「私がいるから大丈夫ですよ」と安心させたりすることが有効です。食事に毒が盛られているという妄想(被毒妄想)に対しては、同じものを食べて見せることで安心してくれる場合があります。
ただし暴力・暴言を伴う被害妄想が見られる場合には、一人だけで抱えることなく、専門家に相談するようにしてください。
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迫害妄想
被害妄想と似ていますが、「誰かに命を狙われている」「警察に追われている」など、より深刻で切迫した内容になるのが迫害妄想です。身の危険を感じているため、ご本人は非常に強い恐怖と不安の中にいます。家の中に閉じこもったり、逆に突然外へ飛び出してしまったりと、極端な行動へとエスカレートすることもあります。
このような強い恐怖を感じている時は、ケアマネジャーや医師とも相談しながら、本人が安全だと感じられる環境を整えることが大切です。ただし迫害妄想の場合、本人の妄想ではなく、実際に虐待されている場合も考慮する必要があります。家族などの介護者が見ていないところで被害を受けている可能性も考えられるため、早々に決めつけずに慎重に判断するようにしてください。
嫉妬妄想
「夫が浮気している」「妻が他の男性と会っている」など、パートナーの不貞を確信し、激しく嫉妬するのが嫉妬妄想です。特に長年連れ添った配偶者に対して現れることが多いです。記憶障害によってパートナーの少し前の行動が分からなくなったり、ささいな言動を誤解したりすることが原因で発生します。
嫉妬妄想は、介護をしている配偶者にとっては精神的な負担が非常に大きくなりがちです。対処法としては、まずは否定せずに話を聞く姿勢が基本となります。「そんなことを疑われて悲しい」と自分の気持ちを伝えつつも、相手の不安な気持ちを理解しようと努めることが大切です。「私にはあなただけですよ」と愛情を伝え、安心させてあげましょう。家事を積極的に任せてみるなど、配偶者・家族に必要とされている実感を得られる機会を増やすことで、妄想が落ち着くケースもあります。
帰宅願望
「家に帰ります」と言って、今いる場所が自宅であっても外へ出ようとすることを帰宅願望と呼びます。これは見当識障害によって、自分のいる場所が分からなくなることが主な原因です。本人にとっては、そこは安心できる「自分の家」ではないため、強い不安を感じてしまいます。夕方になると特に強く現れることがあり、「夕暮れ症候群」の一つとも言われます。
帰宅願望に対処するために無理に引き留めようとすると、かえって興奮させてしまうことがあります。「お茶を飲んでからにしませんか」「もう少ししたら一緒に行きましょう」など、本人の気持ちを一度受け止めた上で、別のことに関心を向けるのが効果的です。散歩に誘って気分転換を図るのも良いでしょう。本人の「家に帰りたい」という気持ちの裏にある、不安や寂しさを理解しようとすることも大切です。
幻視・幻聴による妄想
実際にはいない人が見える幻視、聞こえないはずの声が聞こえる幻聴などの幻覚から、妄想に発展することもあります。「部屋に知らない人がいる」「悪魔の声が聞こえる」と訴えるケースがよく聞かれます。特にレビー小体型認知症では、具体的で生々しい幻視が見られることが特徴です。
本人は幻視や幻聴を現実として体験しているため、それを否定しても効果はありません。「私には見えませんが、怖いですね」と、本人の体験は否定せず、その感情に寄り添う姿勢が大切です。「一緒に追い払いましょう」と言って、窓を開けたり、部屋の電気を明るくしたりするなどの対処法が、本人を安心させることにつながる場合があります。こちらも幻視・幻聴による症状が強く、暴力や奇声を伴う場合は、迷わず医師に相談するようにしてください。
認知症の妄想で思い込みが激しくなった家族への接し方

認知症の方の妄想と向き合うためには、本人に共感しながらも、家族や介護者の負担が重くなりすぎないように接することが大切です。ここでは認知症によって思い込みが激しくなったご家族と接する上で、押さえておきたいポイントを解説します。
- 否定せずに話を聞く
- 共感する姿勢を示す
- 一人で対処せず周囲のサポートを得る
- 時には家族と距離を取る
これらを意識しながら、認知症の方と冷静に向き合うようにしましょう。
否定せずに話を聞く
本人の言動が事実と異なり、妄想であることが明らかであっても、まずは頭ごなしに否定しないことが大切です。「そんなわけないでしょう」と強く否定されると、本人は「理解してもらえない」と感じ、さらに孤独感や不安感を深めてしまうからです。それが興奮に繋がり、攻撃的な言動へとエスカレートすることも少なくありません。
たとえ話の内容が突飛であっても、まずは「そうなんですね」と一度受け止め、本人が何を訴えたいのか、何に不安を感じているのかをじっくりと聞く姿勢を持ちましょう。本人の話を否定も肯定もせず、ただ話を聞くだけに徹するのがポイントです。話を聞いてもらうだけで、本人の気持ちが少し落ち着くこともあります。
共感する姿勢を示す
話を聞いた上で、妄想が見られる本人の感情に寄り添い、共感する姿勢を示しましょう。「お財布がなくなって、それは心配ですね」「悪口を言われたら、誰だって嫌な気持ちになりますよね」というように、妄想の内容そのものではなく、その背景にある不安や悲しみ、怒りといった感情に焦点を当てて共感することがポイントです。
家族が自分の気持ちを分かってくれたと感じることで、本人も安心感を得やすくなり、妄想の症状を和らげることに繋がります。
一人で対処せず周囲のサポートを得る
認知症の方の妄想に一人で対応し続けることは、精神的にも肉体的にも大きな負担となります。介護者が疲れ果ててしまっては本末転倒です。まずは兄弟や親戚など、他の家族にも状況を共有し、協力を仰ぎましょう。
また、ケアマネジャーや地域包括支援センター、医師などの専門家に相談することも非常に重要です。介護保険サービスを利用してデイサービス・ショートステイなどを活用し、介護者が休息を取る時間を作ることも意識してください。一人で抱え込まず、積極的に外部のサポートを求めることが、介護を長く続けるためには欠かせません。
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時には家族と距離を取る
愛情があるからこそ、認知症の家族とは常に寄り添っていたいと感じるかもしれません。しかし、妄想による暴言や攻撃的な態度が続くと、介護者の心身は疲弊してしまいます。どうしても気持ちが受け止めきれない時、冷静に対応できないと感じた時は、意識的にその場を離れ、少し距離を取ることも必要です。別の部屋へ移動したり、深呼吸をしたりして、まずは自分の気持ちを落ち着かせましょう。
デイサービス・ショートステイを積極的に活用して、介護者がリフレッシュできる時間を増やしたり、他の人に介護を任せたりすることも有効です。
認知症の妄想で困った時は専門家に相談を

家族だけの対応では妄想が改善しない、あるいは介護者の負担が限界に近いと感じた場合は、迷わずに専門家に相談してください。かかりつけ医はもちろん、精神科・心療内科、「物忘れ外来」を設置する医療機関が相談先となります。
認知症の専門医であれば、妄想の原因を診断し、必要に応じて薬物療法を提案してくれます。生活環境の調整やリハビリテーションなど、さまざまなアプローチについてアドバイスを受けることも可能ですので、一人で悩まず、専門家の力を借りることを選択肢に入れてみてください。
認知症は、症状によっては薬と保持機能の活用で発症や進行を遅らせることができ、早い治療によって健康な時間を長くすることができます。
当院・丹沢病院(精神科・心療内科・内科)では認知症を専門とする医師が在籍し、患者様に適切な治療を実施いたします。(診断により、入院も可能です)
なお、ご本人が受診したがらない、まずはご家族だけで相談したい、というお考えやお悩みをお持ちのご家族さまのためにも、医師による「もの忘れ相談」 を開設しています。
※ご本人様同伴でのご来院はもちろん、ご家族のみでのご来院も可能です。
まずは下記からご相談ください。
まとめ
認知症による妄想は、脳の機能低下と、ご本人が抱える不安や孤独感が絡み合って生じる症状の一つです。物盗られ妄想や被害妄想など、さまざまな種類がありますが、いずれもご本人にとっては現実です。家族が対応する際は、まずは否定せずに話を聞き、その辛い気持ちに共感する姿勢を示しましょう。
ただし、家族だけで全ての負担を背負う必要はありません。一人で抱え込まず、他の家族やケアマネジャー、地域包括支援センターや認知症の専門医など、周囲のサポートを積極的に活用してください。認知症による妄想への対処を工夫しながら、本人も家族も、穏やかに過ごせる時間を増やしましょう。